Shigeko Hirakawa

カ タログ『五つの赤い宇宙』に寄せた

河 野俊丈氏の文 章、1999年3月

数理科学研究科棟の空間と平川の脱色
 幾何学者の視点から

 東京大学大学院数理科学研究科棟に平川滋子氏の作品がおさめられることは、研究科のスタッフの一員として、大きな喜びである。駒場に位置するこの研究科 棟には、自然の侵食によるゆるやかな傾斜を利用して、楕円形の大講義室とフォワイエおよび、そこへ至るスロープが設けられている。平川による円のシリーズ は、この滑らかな傾斜に対して、毅然とした水平のラインを形作る。幾何学者は、空間に埋め込まれた図形を研究する際に、その図形が取り除かれた空間、つま り、補空間に注目する。図形が存在することによる、補空間の劇的な変化は、空間とそこに埋め込まれた図形との相互関係によって生まれる。平川の作品の空間 への介入は、研究科棟の空間との間の新たな緊迫感と壮大な躍動感を生じさせる。円の運動を想起させる配置は空間にさらに時間パラメータを加えた豊かさを付 加する。さらに、平川は、脱色という、色調の漸減の手法を用いることにより、この水平の円の運動に、快い有機的な質感を与えることに成功した。

東京大学大学院数理科学研究科
教授
河野 俊丈
(1999年3月)