Shigeko Hirakawa

白 水社『ふらんす』 1999年7月号

平 川 滋子


《現代アートの必需品》 第四話
デブロス

 「おっ、デブロスだ」
と町の技術局の一人が突然低く呟いた。その方向へ目をやると、広大な公園の中を機動隊のトラックと同じ暗青色に塗られたルノーキャトルが、こちらへ向かっ て進んでくる。車は道なりに大きく旋回すると、大勢が立ち働いている建物の脇に停まり、ゴマ塩頭のデブロスがおもむろにドアを開けて車から降り、周りの人 と握手をするのが遠目でもよく見えた。

 サン・ジャン・ド・ブレイというオルレアンの衛星都市で、野外彫刻展が行われることになった。アーティストがいかに作品を作ると言っても、行った先に道 具や工房がなくては何もできない。フランスは各自治体に道路工事局や清掃局、造園局などの、いわば町のメンテナンスに携わる組織がある。たいがい溶接所や 木工所などの工房を設備しており、トラックなどの運搬機能も備えているから、急場の仕事にはもってこいの施設であった。その起動力に目をつけたのが今回の 展覧会の企画者である。市議会が展覧会の企画を承認すると、アーティストの制作を助けるよう技術局に市長の号令が下り、総力で町が彫刻の制作応援に動き出 すことになったのだ。

 デブロスというのは、町の造園局のチーフである。展覧会の責任者のナタリを見かけると、
「いまいましい、なにが現代アートだ」
市長命令が気に食わないのか、酒焼けか日焼けか分からない赤ら顔をよけいに赤くして大声を出した。喧嘩腰なのである。ナタリの車とすれ違いざま、道の真ん 中で傍目をかまわず車を止め、窓からゴマ塩頭を出して腕を振り回しながら怒鳴る。ナタリも素早く窓を開けて、轟然と応戦する。大迫力だ。負けてはいない。 ナタリの助手席にいた私はただただ目を白黒させるばかりであった。
「どうせ、彫刻も花キャベツ祭りも一緒くたで区別がつかないようなヤツだ。気にすることはない」
と、文化担当官を兼ねる副市長が言う。花キャベツ祭りとは、花キャベツで町の花壇に人形を作って供する祭りらしい。人形を造園局のチームが作るのだ。いく らデブロスの態度を気にするなと言っても、こちらは気にしないわけにはいかなかった。公園の木々のあいだに芝生を浮かせて回るという私のプロジェクトに は、造園局が向いているだろうということになり、このデブロスが私のアシスタントに付くことになったからである。

 公園の芝生を五か所ほど楕円形に切り抜き、三メートル大の鉄の盆を作って芝を乗せ、木々の間に吊るして、芝生を浮いたように見せる。切り抜いた穴はもっ と掘り下げて水を張り、周りの木立を写し出させようというのが、実現させようとしていたプロジェクトであった。公園は造園局の整備が行き届いて、芝は綺麗 に刈り込まれ実に青々としている。
「丹精した芝を穴だらけされたくないから、デブロスが怒っているのだろうか」
と尋ねると、デブロスの下で働くティエリイが、
「あとで穴に土を盛って、また芝の種を蒔いときゃ、じきに元通りになる。芝の問題じゃない、デブロスは元々ああいう奴なんだ」
 そういえば、初めてナタリが私のプロジェクトを説明したときも、デブロスは「ハンハン」とそっぽを向いて聞き流し、
「それじゃ、スコップとつるはしが要るな」
とだけ言ってまったくよそ事だった。こちらは一人で広大な敷地にスコップで穴を掘ると思ったら、目がクラクラしたものだ。頭を抱えていると、
「それならシャベルカーを出そう」
と提案してくれたのは彼の配下の連中である。デブロスの反駁的な態度を穴埋めするように、彼らが協力的であったのは幸いというほかなかった。スコップと シャベルカーでは大違いだ。一気に労力を軽減できるばかりではなく、時間が節約できる。制作は期限付きなのだ。かように、何をするにもデブロスは、協力を しようとする素振りもない。
「こんなことはやっても無駄だ」
などと叫んでは、取りつく島を見せる風ではない。目を合わせるごとに、
「日本庭園でも作ったほうがましじゃないか」
などと茶化してはひっかきまわして帰っていくのである。

 三週間目。ようやくデブロスも、仕事を手伝おうという気になったか。溶接所で作った盆型の鉄を水平に木に吊るし、芝を乗せる段になって、
「土を沢山盛って、膨らみを持たせたほうが芝生が綺麗に見える」
と言いだした。
「土が多けりゃ芝の寿命も延びる」
 さすがは造園師だ。展覧会のあいだに芝生が鉄の盆の上で乾いてしまっては困る。それも道理だ、と納得させられたのが失敗だったのかどうか分からない。デ ブロスはトラックの荷台からドサリドサリと土を鉄の盆の上に下ろし、真ん中辺りが膨らんで、もうそろそろいいだろうというときになっても手を止めず、さら に分厚く盛り上げようとしたのである。私の制止が遅かった。見る見るうちに三メートルの鉄の盆がしなり出し、瓦せんべいのようにグニャリと曲がって土が脇 からこぼれ始めた。鉄板が土の重みに耐えきれなかったのだ。不格好に変形してしまったが取り返しはつくのだろうか。思わず大声が喉から突いて出た。とうと う大衝突である。轟然と怒鳴る自分は、あの時のナタリを再現するようだ。傍で驚いて目を白黒させていたのは、今度はほかならぬデブロス配下の造園局の連中 であった。

 翌日、市役所の接待室でアーティストを迎えてレセプションが行われることになっていた。制作の追い込みに中休みの慰労会といったところだ。市長が簡単に 挨拶をすると、ランチが始まった。私を見るなりすかさず市長が近づいて来て、自分の耳をピンピンとはじくのである。
「きのう、とうとう戦闘状態に入ったんだって?」
 デブロスとの衝突をもう知っているのだ。耳をはじくのは、「聞いたぞ」という意味らしい。すべてお見通しという市長のようすに驚くと、
「小さい町だからね」
とナタリが笑って見せた。

 反目がこうして知れ渡ると、俄然ほかの技術局の連中が協力的になり、仕事が目覚しい勢いで進み出した。目前の展覧会のオープンに向けて仕事を完遂させる ことが先決だ、ということになったのだろう。みんなが公然とデブロスの反駁を置き去りにして、仕事を進めだしたということになろう。デブロスとは一層ギク シャクとした関係で突貫工事が続いていたある日の夕方、思いも寄らぬところでデブロスに呼び止められた。仕事帰りに偶然、彼の家の前を通ったらしい。いつ になくテレながら招き入れるデブロスについて、このゴマ塩頭の男の家に立ち寄ることにした。自分の手で作ったという花壇やマントルピースのある部屋を、い ちいち説明を受けながら案内されると、花キャベツの人形の写真が麗々しく壁に掲げられている客間で、奥さんという人に紹介された。二人して自家製の果実酒 というのを大事そうにカーブから上げてくると、これをなみなみとふるまうのである。デブロスの自慢話はいつしか展覧会のはなしになって歓談となり、とうと うながながと話の切れ目がつかぬまま、すっかり夜が更けるまで居すわってしまうことになった。

 翌日、追い込みにかかった作品制作を手伝うデブロスの下で働くティエリイに会うと、この話をした。
「えっ、デブロスが歓待したなんて、そんな話ははじめて聞いた!」
と言って、信じない。デブロスは自分の配下にまでよくよく素顔を見せぬ男であったらしい。
初めてサン・ジャン・ド・ブレイに来たときから広がり続けていたこの男との大きな溝は、作品完成を目前にしてようやく霧散したようで、なにやら胸のつかえ が下りたようであった。このプロジェクトから一年ほどたった頃、サン・ジャン・ド・ブレイの町の入口に日本庭園のようなものが作られた、という噂が聞こえ てきた。われわれのアートが町の人々の芸術的感化に貢献したのかどうか、判断は難しいが、デブロスのアイデアに違いない日本庭園は、まんざらこの展覧会の 産物と言えなくもない。
ひらかわ しげこ